スピッツ『小さな生き物』によせて

《正義は信じないよずっと 鳴らす 遠吠えのシャッフル》
(「遠吠えシャッフル」)

この数年のスピッツを取り巻く状況は順風満帆なものばかりではなかった。2012年のスペシャル・アルバム『おるたな』(http://cookiescene.jp/2012/01/universal-1.php)はあったが、ダイレクトに震災以降の草野マサムネストレス障害を抱え、ツアーを一部、延期し、または、草野自身の心も弱っていたという。

2011年に書かれた曲は「あかりちゃん」というとげまるのツアーでも披露され、ファン・クラブ用のDVDでセッションとして入っている1曲のみであり、そこでは《僕は生きる 今を生きる 歌いつづけてる》との直截的な表明ともいえる歌詞が綴られたシンプルで優しいメロディーの佳曲だったが、2012年の彼らはほぼ沈黙に近い状態を保った。

近年の彼らのスパンからしたら、オリジナル・アルバムに3年ほどの歳月がかかるのは不自然ではなく、ライヴとスタジオ・アルバムのリンクの上で、進んできたが、この3年はこれまでと違う重みと、届いたこの『小さな生き物』は『さざなみCD』、『とげまる』の流れからすると、やはり、違う。先行シングルの「さらさら/僕はきっと旅に出る」は、王道の彼ららしい切なさと繊細な描写が活きた、透明感溢れる曲だったが、スピッツの持つファンタジー性や大きな言葉に混ざる異化作用よりも、祈念めいた何か、そして、遠く、地図にない島への想いを募らせ、“僕”も“君”という歌詞も出てきているが、「私と、あなた」の二分律が茫漠とされた、多くの対象性に沿った雰囲気が残った人も多いと思う。その“あなた”への手紙は、遠く知らない街から届くような手紙のようなものとして現在のスピッツは不特定多数に向けている節がある。

《いつも気にしていたいんだ 永遠なんてないから 少しでも楽しくなって 遠く知らない街から手紙が届くような ときめきが作れたらなあ》
(「さらさら」)

《またいつか旅に出る 懲りずにまだ憧れてる 地図に無い島へ 何を持っていこうかと 心地良い風を受けて 青い翼広げながら 約束した君を 少しだけ待ちたい》
(「僕はきっと旅に出る」)

復興庁による全国の避難者等の数の8月22日時点(http://www.reconstruction.go.jp/topics/main-cat2/sub-cat2-1/20130822_hinansha.pdf)を見ると、全国の避難者等の数は、約29万人、住宅等に入居済みの者は、全国で約27万4千人、全国47都道府県、約1,200の市区町村に所在とされているが、その数値そのものも大きいが、その背景にはいまだに残る再雇用政策や、住居、勿論、再興まで含めると、潜在的な不安を抱えている人たちの実数は見えないところがある。また、筆者も被災地から関西の縁を辿って、避難してきた人たちと何度も話したことがあるが、彼らは慣れない場所での艱難は想像以上に重く、長期化するほどに経済的与件、子供の教育環境の問題も出てきている。2年半が経ち、当初は耐えていた想いや絆、それぞれの倫理もかなり限界に来ているだろう。だから、生活がすべてで、音楽や映画、文化的なものは無力なのか、そういうことではよりなくなっていると強く思う。こうして書いていると、恐縮なことに、東北のみならず、各地の年配の方から下は小学生の方からメールを戴くことがある。FMで流れたあの曲で涙して、インターネットで調べましたら、あなたのテクストが出てきたので御礼までに、みたいなものも少なくない。環境も年齢も生き方も違う人たちをすぐに結びつけるのはまだまだ言葉の強度であり、音楽なのかもしれない。

9月11日というまた、意味深いリリース日の設定がされたこのスピッツの新作も、そういう意味では、これまでどおり、“スピッツとしての真っ当”を貫徹し、なおかつ、ピントは今の厳しい瀬に向けたものに直截的に当たっているところは否めず、まっすぐな優しさと変わらずの捻じれた幻想をミックスさせたものになっている。

まず、アルバム・タイトル曲の「小さな生き物」のMV(http://www.youtube.com/watch?v=tU5mPtGk1Eg)で出てくる少年は空を飛べたら、という夢想し、グライダーを作ろうとする。そこでふと想い返したのが、95年に「ロビンソン」のヒット時の際の取材で、草野マサムネは「飛ぶっていうのは、意識と肉体とを話して考えてしまう傾向があって、そういう魂の存在を肯定的に歌詞にしたがる」(※1)と言及し、ただ、実際に空を飛ぶことにそれほど憧れはない、とも付け加える。また、「小さいものにメルヘンな世界を見出したり、だけども、現実逃避してるわけではなく、現実も見つめてて、虫の鳴き声とか月の満ち欠けを気にしながら生きている」(※1)とまさに、彼のブレない美意識が伺えるものであり、「小さな生き物」単体にも凝縮されている。

ボーナス・トラックを除けば、13曲はコンパクトで締まった印象をおぼえるかもしれないが、粒揃いであり、セックスとタナトスに引き裂かれながら、ディープ・パープルなどのヘビーメタルから筒美京平の歌謡曲を敬愛し、ブルーハーツエレファントカシマシのスピリットを持ち続けながら、つねに、今の音楽に興味を持ち続ける草野自身のアンテナの高さ、とそのイメージを音像化し、支える鉄壁のメンバーの結束がバンドとしてダイレクトに届くものになっている。

『三日月ロック』内の「ババロア」を思わせるディスコ調の「エンドロールには早すぎる」などの遊びもあるが、ベースはオルタナティヴ・ロックスピッツ特有のポップネス、甘美さがシャッフルされている。

今、スピッツは改めて遠吠えを始め、同じ時間を生きる多くの人たちに向けてささやかな未来や希望的な何かを音楽に乗せて、届けようとする。

※1 ROCKIN’ON JAPAN 95年9月号より抄訳