スガシカオ「アイタイ」について

事務所を離れ、独立後のスガシカオの動きは急速に着実に展開されてゆくようで、フェスやイヴェントの参加、アコースティックやバンド形式のライヴ・ツアー、SNSの多様な使い方まで含めて、これまで以上に「独り」としてのジャッジと覚悟が要所で見受けられた。ふと告知され、配信される新曲、即座に呼応するファンや外部、メディアまで含めて、何らかの差異と補整が為されていきながらも、彼自身も積極的に「本音」をブログや取材などで呟いていった。

昨年の「Re:you / 傷跡」(http://cookiescene.jp/2012/06/reyou-self-released.php)、「Festival」と配信シングルをリリースし、過去のベスト盤が総括され、メジャーデビューから16年を迎える中、ビクタースピードスターレコーズと、メジャーでもインディーズでもない端境を縫うように、ただ、コンパイルされるシングルCDとしては実に二年振りとなり、この二年で彼自身、その他の環境が抜本的に変わり、世の中も俯きがちとも言えるような中でこの「アイタイ」が届いた。近年、ジェームズ・ブレイクへの目配せをしていたが、ダブステップを経由したかのようなドープで圧縮されたサウンドは独立後の配信された曲でも垣間伺えた。特に「Festival」でのこれまでの音楽的語彙とはやや違うバウンシーかつデジタルで奇妙な音響工作とライヴ用に拓かれた歌詞といい、新しい展開が見えるものだった。

一転、この「アイタイ」では、ナイン・インチ・ネイルズミニストリー辺りのインダストリアル・サウンドと呼ばれた音に不穏でダークで重い金属的なヒップホップ的なビートが反復的に脈打つ。ただ、旧態性なそれではなく、耽美的なシンセや怪しげなコーラス、カット・アップ、耳にザラッと残る皮膚をなぞるような歌詞、彼の歌唱まで含めて4分の間に詰め込まれている情報量や熱量は特有のいびつさがある。

そして、これまで以上に偏執的に閉じた「あなた」への想いが綴られる。スガシカオがときに「〜したい」という懇願のような想いには、過去も「あなた」だけを巡る訳ではない倒錯性と背反性が含まれていた。

《もっともっと激しくいじめてみたい
いつまでもいつまでも抱きしめていたい》

(“イジメテミタイ”)

《君に言わなきゃいけないことがある 別に全てを守らなくていい
彼女とぼくでするはずだったことを 君は受けとめればいいんだ》

(“かわりになってよ”)

《ぼくらいつか抱き合う瞬間 君の体の中に
ぼくの体全部 溶かし込んでしまいたい》

(“はじめての気持ち”)

《クロアゲハチョウになって 誰からも愛されたい
九分九厘ないとしても ほんの一瞬でいいの》

(“19才”)

支配欲と被虐、同一化と諦念、刹那によぎる感情、そこには、文法的に動機の破綻があり、例えば、ケネス・バークを想い出してみれば、過多付加された社会的意味の剥奪、と生物の発起点を模索しようとする痕がある。

つまり、ヒトとして社会的生物として「在る」ならば、演出や何らかのポーズ、正装をしている訳だが、バークは動機を解析する際に汎たる知覚と行為に矛盾があることの背面に社会的な訓練でそう“なってゆく”倒錯も示唆していたともいえる。つまり、ヒトは社会生活、環境の中で人間になってゆく訳だが、人間は、ヒトとしては退化してゆく可能性もあるのではないか、とも仮定すると、その擬態的な有様を捲る手付きは逃避性と背徳を帯びざるを得ない。

逃避や背徳というと、言葉の響きは良くないかもしれないが、予め規定された囲いや制約、決まり事を逸れて、「あなた」だけの極北に対峙することとは、とてもフィジカルで危うい”ヒト”としての本能が晒される。ゆえに、スガシカオがときに切望する願望とは社会倫理的に際どくなるが、至って真っ当なもがきがヒトとしてのセックスにリンクしたうえで、狂おしく描写される。

***

「アイタイ」では、“わたし”の嫌いなことも羅列される。手を握られること、放っておかれること、大人の臭い、キス、性器…自己嫌悪にも塗れた切実な願望。その切実な嫌いなものが反転し、また、徹底的に否定衝動を極めた末に肯定に至るように、“あなた”だけにその負の理解や痛みの共有を求める。そして、“あなた”が去ってしまったら、心ごと全部、凍結してほしい、とさえ、吐露する。とても我が儘にも思えもするが、だから、巷間の溢れるラブソングの持つ温度とは明確なズレがあり、「会えること」自体が叶うかどうかさえ、分からない「会いたい」という情念が中空に浮かび、報われなさすら放っておかれる。

放っておかれた願望はそのまま、残酷な世界に回収されてしまうのだろう。
ただ、それは残酷な摂理では決してないと想う。

スガシカオHP】
http://www.sugashikao.jp/
※i-TUNESにて表題曲、先行配信中

動機の修辞学

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