【REVIEW】DAVID BOWIE『The Next Day』

いわゆる、ベルリン期の彼を愛する方はいまだに多い。70年代後半にシーンを席巻しつつあったパンク、ニューウェーヴに背を向けるように、深くブライアン・イーノと潜ったサウンドの実験。先ごろ、ベックが一夜限りの豪奢な企画パフォーマンスで1977年の『ロウ』から「Sound And Vision」(http://www.youtube.com/watch?v=QnOmrDzRrGQ)を演奏したのも記憶に新しいが、歌とインストゥルメンタルを混ぜながらも、冗長にも難解にもならないセンス、カメレオンのように時代によって姿を変えるデヴィッド・ボウイという存在が寧ろ、普遍性を帯びることを示唆していたような気さえする。

そのベルリン時代の『ヒーローズ』のジャケットに白塗りで顔を隠すように”The Next Day”と刻印され、急にリリースされた10年振りの新譜には感慨深いものがあった人も多いと察する。しかも、プロデューサーはトニー・ヴィスコンティ。数多くのボウイの作品を手掛けてきたベテランだが、アルバムは統一性よりも、ボウイのこれまでを総括したかのような百花繚乱的な内容になっている。

『レッツ・ダンス』のような80年代的な煌びやかさ、『アラジン・セイン』や『ジギー・スターダスト』期のような美的センス、90年代の『アースリング』のようなドラムンベース的な意匠を組んだもの、そこに66歳にもなり老いは感じるものの、あの鼻にかかった艶めかしい声が乗ると、やはり、通底する空気は全く散漫な印象を与えない。

ポップ・イコンとしての彼はやはり特殊で、これだけのキャリアを重ねながらも、「安定」という言葉が相応しくなく、スタイリッシュでアート性、また、デカダンスもある。ただ、新鮮に向き合える作品という訳でもない、彼のこれまでの来し方、軌跡が散りばめられたフレーズ片が胸に迫るのも事実で、大病を患い、引退の声も囁かれていたときや長いキャリアの中では、アウト・オブ・デイトな存在になりかけていた時期もあっただけに、心地良いヴァイヴに満たされていても、痛みも確かに感じる。

例えば、自身の誕生日に先行で発表された「Where Are We Now?」はMV(http://www.youtube.com/watch?v=QWtsV50_-p4)も含めて、切々としたメロディーとベルリン時代の記憶が混ざり合いながらも、壮大な歴史的な視角も含まれていた。ポツダム広場、ベルリンのデパートKaDeWe(カーデーヴェー)、Bose Bruke(注:冷戦時代における東ドイツの人達が西ドイツへ渡るための場所。“魔の橋”と訳されるように良い意味ではない。)を渡る二万人もの人 、ボウイ自身の願いのような、途方に暮れているような言葉。暗がりを保っていた西ドイツに幼少時に行ったとき、僕はその景観の背景に深い歴史の業みたいなものを感じたが、そういう重みをこの曲から喚起された。きっと時代は変わっても、歴史は変わらず、過去はそのまま残る。

彼のベルリン時代も振り返れば、パラノイア的に衰弱し、ドラッグ中毒からの脱却とドイツが孕む危うい思想への傾倒もあった訳で、そう考えると、紙一重ともいえるところもあった。ただ、ドイツの硬質な街並、ビア・ホールの雰囲気、クラブのムード、あのドイツ語の語韻、冬の鉛色の空がインスピレーションを再起させたのだとも想うところはある。

その「Where Are We Now?」が牽引はしているが、『The Next Day』と記されたとおり、ブルージーでグルーヴィーな「Dirty Boys」、80年代的な煌びやかなサウンドの中でテンションが高く歌うポップ・ソング「The Stars(Are Out Tonight)」、「Dancing Out In Space」、ロッカ・バラード「Valentine’s Day」など深読みもなしに無邪気にスイングできる曲が大半でもあり、兎に角、聴いていて、10年振りやベルリン時代などという冠詞を置いておけるくらいに、彼からの新しい便りが届いた、その意味が表前もする。

昨今、ローリング・ストーンズやプリンスといったキャリアの長いアーティストが出す新曲がとてもポジティヴで或る意味、無意味に盛り上がれるロックをやっているというのを考えれば、ここでのボウイもただやりたいようにスイングしようと思ったのかもしれない。この新作に関して彼は何も語らず、入っている曲をライヴでもしないとステイトメントされているが、きっと、だからこそ、まだ、続きはあるのだろうという気もしてならない。

ここから、デヴィッド・ボウイを知る人も、ずっと彼を追いかけてきた人も、至ってフラットに受け止めることが出来るのではないか、というと言い過ぎかもしれなく、彼岸的な視線や多くの含みを帯びた歌詞、メロディーも要所にあるのだが、それを老いたロック・アーティストの所業で済ませるには勿体ない、音楽が内包する豊かな躍動を感応した方がいい、そんな想いが先立つ作品になっている。

The Next Day

The Next Day