【REVIEW】Nils Frahm『Spaces』(Erased Tapes)

ハウシュカ、コリーンなどポスト・クラシカルと呼ばれる枠の中で捉えられていたアーティストの近作がポップスの造型に則ったものになっていたように、どちらかというと、現代音楽の中でもオルタナティヴなアティチュードを持った方が多いが、主に、ドイツ、ベルリンで活躍するニルス・フラームもその一人だと言っても異論はないだろう。

また、例えば、ダスティン・オハロランやゴンザレスと比すると、ピアニストとして兎に角、一音も零さぬよう、レコーダーをまわし続け、咄嗟のハプニングまで音楽に包含せしめようという独自の空間意識の下でのそれは多くのリスナーたちには解釈の困ってしまうものも少なくなかった。ゆえに、アナログ・シンセを大きく用いた2011年の『Felt』でのミニマル、アンビエント・ミュージックへのささやかな接近とポスト・プロダクションの過程内の分かりやすさから、オーラヴル・アルナルズとの翌年の『Stare』EPにおける彼岸的な美しさを経て、2012年の『Screws』のあまりにシンプルなリリカルな小品集への転回には戸惑いを持った人もいるかもしれない。

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筆者も、ニルス・フラームには才人たるゆえの器用さがときにその音楽から浮かび上がる想像力や多彩なイメージを刈り取ってしまう力動を「作品」へと閉じ込める領域でのイデアが捉えづらくもあった。要は、誰もがポスト・クラシカルに称される音楽に付与する“匿名、記号性”のとおり、フォーカスの合わせ方と関係性が留保される認知閾がブレてゆく歯痒さ、近似しての(芸術家の創作部屋を覗く)ピーピング・トム的な聴取者側の肥大した欲望を彼は応えていたような節があった。前衛であるいうことは小難しく自己完結するものではなく、何らかの「個」から世界への接続方法の切り替えスイッチを呈示するようなもので、そのスイッチを見つけるための場がライヴ、現場だとしたら、彼の作品にはあまりに無邪気な試行の”素朴さ”が先立っていたきらいもあったのも否めない。

しかし、今作『Spaces』はそういった彼自身の欠点をも逆手に取ったこの2年間のドキュメンタリーとして、録音されてきたライヴ音源を纏め上げた内容になっているが、スタジオ作品に宿る素朴さと、以外の部分が観客からの咳、拍手、物音までがより親密な場へと運んでいる。ライヴ音源の再構築は、自家中毒になってしまいそうだが、そこに自覚裡に生真面目な職人肌のニルスはようやく聴取者サイドと無関係ではなく、非=関係でしかない有様をここに示したといえる。

リリカルな「Familiar」、打楽器的なピアノの旋律が印象深い「Hammers」、トイレのブラシが床を擦る音までを含んだ17分近い「For ― Peter ― Toilet Brushers ― More」など聴きどころ、感じどころが数多あるだけに、これまで疎遠に彼を見ていた人でも、どこか彼の作品の生真面目さに距離感を持っていた人でも、音の鳴って消えるその一回性が複製性になるまでの間の猶予を保持している様は感応できるのではないか、と思う。録音そのものも素晴らしく、細部を解析し、ピアノの鍵盤を前にした指の震えさえ聴こえてくるくらいの程よい緊張感も良い。

Spaces (ボーナストラック・ダウンロード・コード付き)

Spaces (ボーナストラック・ダウンロード・コード付き)