アレテーまで

30代半ばは忙しくて当然と言いますか、それまでの経験と社会的要請が噛み合ってきますから、少なくとも自身に投資された分だけは労働で返していかないといけない、そういう教育を受けてきたのもあり、父親が借金をしてドイツに行ったときの年齢を考えますと、自分の不甲斐なさも想いますし、時代背景が違う、と言葉では片付けられない知識人の役割は常に辺境、境界線で居るべきで、その啓蒙と導き、より良い社会、制度設計のために尽力する役割期待を背負うべきだとも思っています。

このままで行きますと、40代になれば、相応に「上がり」を迎えるのか、はまだ分かりませんが、今、伝えられる言葉は「今」しかなく、鮮度が褪せたエクリチュールは響くものも響きません。かといえども、古典や基礎教養の素地があった上で、多くの意味は更新される訳ですから、「知識人」の呼称も全く別定義が必要になります。

大学に行く、大学院に行く、研究所、シンクタンク、そういったものは隣の芝生のように青くなくなり、当たり前に覗けるようになった瀬で、難解で抽象的な事象は突き詰められてゆき、翻訳さえされないままに新聞や論文では破片だけが分かりやすく散らばります。でも、その翻訳は難解であろうが、難解なままでも架橋する必然性があると思いますし、「分かりやすいこと」に真実はありません。

噛み砕かれたニュースの先に茫漠と理解処理しても、日々の速度がその表層を強風のときのビニールシートのように飛ばされてゆくのでしょうし、そのシートが舞ったあとの砂地には砂上の楼閣が出来る、そういう事例は枚挙にいとまがなく、きっと<反>は昔では1968的な仮想敵があったとしましても、この場所では<非>である意味と文脈が肝要になります。

権力者は装置化されてしまえば、装置の中で権力は無菌病室のような形骸的肥大します。そこに対峙するには、そこを直截、挑むのではなく、「意匠」が必要になってきます。意匠、とは小林秀雄的な何か、に置換できるかもしれませんが、思考の「停止」から進む踏切の前で、向こうへ渡るのか、そのまま滞留するのか、リオタール的に不在たる在りしものへの漂流、まだ、何も始まっていないが終わりへ近づくカルチャーやリベラル・アーツ、差分をして、それでも、何を始めてゆくのか、知恵を巡らせています。

生成と消滅について (西洋古典叢書)

生成と消滅について (西洋古典叢書)