Rollin' Baby It's Alright

イヴェントではTHE BIRTHDAYを観る機会がありましても、単独公演は久し振りでした。正直、2006年の「stupid」の時点で、盲目的に居られなかった、というのは照井さんのプロジェクト、RAVENからROSSOの過程、Midnight Bankrobbersなどを鑑みましても、チバユウスケさん自体がシンプルな「ロックンロール」へ回帰した、そういった雰囲気があり、そこにはthee michelle gun elephantがどんどん重厚化していった反動があったようにも感じ、それは甲本ヒロトさんもしかり、意味より非・意味、重みよりロールへと、いう温度がなんとなく内在化されていたからかもしれません。

兎に角、THE BIRTHDAYのシンプルな佇まい、と自身の暗黙の感性の老化は交叉しながら、出る曲、アルバムはチェックするものの、ライヴでの「涙がこぼれそう」でのシンガロング含め、難しい場所から彼らを観ていたのは否めません。

そういった色眼鏡が払拭されたのが、2011年4月にリリースされたギターのフジイケンジさんが加入してからの「なぜか今日は」というシングルだったような気がします。最初に、タワーレコードで聴いたとき、ドライヴ感のある曲だな、という印象しか得ず、また、サビの部分での《なぜか今日は 殺人なんて起こらない気がする》チバユウスケさんのあの独特の言い回しで「刷新」に聞こえて、改めて、ブックレットを見て、驚いた記憶があります。

チバユウスケさんのリリックがどんどん極北に向かっていることはその後のアルバム、そして、今年の「ROKA」、「さよなら最終兵器」で明らかで、特に、「さよなら最終兵器」のMVでは3分20秒前後の《さよなら 最終兵器》の連呼のくだりで、彼はギターを持たず、手を振ります。彼は昔から寡黙にして、多くを語らない方ですから、「最終兵器」が何かを示しません。

ただ、《世界の終わりが そこで待ってると 思い出したよに 君は笑い出す 赤みのかかった月が昇るとき それで最後だと 僕は聞かされる》(「世界の終わり」、thee michelle gun elephant)の「終わり」、「君」、「赤み」から、《ぼんやりだけど 明日が見えた気がするんだ》、《ちっちゃな花束 お前に贈るよ》、《ダークブルーの 静かな決断》までの境地。

それは優しく「なった」のではなく、寧ろ、択ばれる単語は簡潔に峻厳になったとも思えます。

11月30日のZEPP NAMBAでのライヴでは、『VISION』からの曲が主体ながらも、要所に挟まれる過去曲群のチョイスも絶妙でした。今回の新譜で見られる、リフをベースに牽引してゆく中で生まれる混沌としたグルーヴに絡みつくチバさんの声と研ぎ澄まされた歌詞と切迫感。序盤に披露された「ROKA」は、ライヴでの映え方が美しく、短篇小説のような世界観の残響内での《R・O・K・A ロカ それしか信じられるのが 無い世界に生まれたんだ》での一体感がありました。

本編は20曲ほどしたのですが、前作の『I’m Just A Dog』から「Buddy」、「爪痕」、「Red Eye」、「OUTLAW Ⅱ」など、「カレンダーガール」、「涙がこぼれそう」といったライヴでの定番もやりました。個人的には、中盤の「SPACIA」というインストゥルメンタル曲からの「LOVE SICK BABY LOVE SICK」、本編最後の「なぜか今日は」〜「さよなら最終兵器」の流れがハイライトで、感無量でした。

《愛してるって言ったの 30分後には 忘れちゃうのさ》
(「LOVE SICK BABY LOVE SICK」)

オーディエンスは、会場でTシャツに着替えただろう若い子も多く、ただ、スーツ姿の方も居たり、それでも、おそらく、自分くらいの年齢層は一番、現在は時間的なもの、生活的なものでも、ライヴに行き難くなっているのも感じながら、後方からでも老いと壮絶さが共存しているチバユウスケさん、ドラミングがよりダイナミックになっていたクハラカズユキさん、フジイケンジさんのギターも流石で、そこにヒライハルキさんのベースがしっかりと支える布陣には感慨深いものがありました。ダブル・アンコールの最後は馴染みの「ローリン」。この曲は「ALRIGHT」というフレーズが繰り返されます。

《ROLLIN’ BABY IT’S ALRIGHT》

―転げていこう、きっと大丈夫。

コール・アンド・レスポンス、シンガロング、挟まれるMC―外れ者、寄り道の美しさに満ちた時間でした。

VISION(初回限定盤)(DVD付)

VISION(初回限定盤)(DVD付)