hoping un-freedom

00年代の半ば、兎に角、中国はネクスト・フロンティアだという論説が通っていましたが、私の印象では行くたびにどうにも13億人の大国市場として捉える限界を常に考えることが増えてしまい、BRICsの文言にも距離が出てきていました。初めて都市、例えば、上海に行った人ならば、そのエネルギーに圧倒されるでしょうし、進歩の速さゆえの成長痛のような交通渋滞やネオンライツに眩暈をおぼえながら、露地をそれたら、バラックのような家が立ち並び、全くそういった先進的な生活スタイルとは無縁に、屋台で10元にも満たない食事を取り、毎日をおくっている人たちが居る、上海万博でもそうでしたが、そこでの想像力は辿り着くどうこうではなく、「無縁」という姿勢を取る人たちが大半で、識字率の問題やハイアラーキーを鑑みれば、中国をして成長市場を捉えていたのは一部の進歩的(寧ろ、前近代的な)インテリゲンツァの夢想だったのかもしれません。

追認しますに、国家は近代化しますと、民度が底上げされ、軍事、外交への目配せと経済投資を詰めてゆき、国際世界でのポールの握り方を政府は計算し始めます。そこで、政府サイドは中心部における主に金融分野に精鋭を集めて総体的な民度形成よりも、フリーハンドと制約を空間位相として往来することになりました。

社会科学院が出した02年の『当代中国社会階層研究報告』という10年前の研究成果ながら、今でも大きい意味がある内容から敷衍すれば、経済等級を「上層」、「中の上の層」、「中の中層」、「中の下層」、「低層」に五つに分化せしめ、そこに社会階層を配置しました。まだ議論は現在進行形で行なわれているものですが、この書内では農業労働者、産業労働者が人口比約60%を占め、それは「中の下層」もしくは「低層」と配置されています。

では、「上層」とはと言いますと、国家・社会管理者、企業管理人員、私営企業家、専門技術人員辺りで10%にいくかいかないか、でブレインワーカーズとマニュアルワーカーズの露骨なまでの二分線が見えてしまっていた訳ですが、周知のとおり、不動産バブルと言われる現象が00年代を通じ起きてきたこともあり、必ずしも経済等級と社会階層が噛み合わないケースも出てきながらも、根深いクロニーキャピタリズム、つまり、縁故資本主義は強まっていた側面もあります。戸籍、学歴、社会的ダーウィニズム的な色味の層位。

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ホリー・ピーターソンのベストセラー・ノヴェル『迷える彼女のよくばりな選択』でのNYはお金に溢れています。ただ、そのお金に溢れて「どこか」で戯れている人たちを普通に知ることはかなわず、こういう物語越しに透過します。しかしながら、その「どこか」を知ることはもはや幸福なのか、そうではないのか、の前提疑義さえクリアーではなくなっています。

幸福度をはかるために分かりやすく、経済的与件の尺度を用いるケースがありますが、アメリカで実施された大きな調査では、年収が約600万円ほどで収入の伸長が幸福感、満足感に与える影響の分岐になると言われています。それ以上は増えてゆくことよりも、承認欲求や名誉欲求が人間は優先されてしまうこと。但し、経済的与件が満たされ、具象的な生活維持が成立してこそ、抽象的な思考が尖ってゆくというイロニーがあるのとともに、不思議なことに今はある種、特権的な地位が居る人が社会還元、ノブレス・オブリージュに沿うのではなく、より自己の地位上昇、威光上昇へ励む、そんな事実も出てきてもいます。自分の人生は自分のものだけ、だから、とにかく、自分のために投資し、隣の芝生よりも狭いムラでの共通言語に耽溺し、ときに「慈善」の名の下に名前を売る、そこに倒錯的な幸福を感じるという状況が複合的に心理に内在化していっているということ。

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やはり、いつからか、この瞬間にもマクロに「自由」という言葉は再編されていっている気がします。まるで、それまでの不自由が自由だったかのように、自由が不自由だったかのように。

経済誌以外でも、急速に「中国(経済)の終わりの終わり」が踊る題目が行き交う中、その始まりはどこにあったのか、時おり考え、また、中国という大きな文字に問わず、違う角度から近代から現代の「間」とは地球でどの点をマップ(仮託)するのか改めて再識します。天変地異と人災、システムと権力、装置と被服従、自律と供託、数パーセントのチェス・ゲームとガラス越しのオルタナティヴ―その分かれ目がグレイになっているのもあるからです。

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格差、というフレーズは大きすぎますし、自由、というフレーズも大きすぎます。無論、制度も。そう言えてしまえども、人為的なものが起点としても、一度、システム・デザイニングされてしまったものは大幅な再修正がききません。金融、エネルギー、貿易、コンピューター、食糧、健康…これらの基軸は横に揺れた時点でもう「基軸ではなく」、相対性の下で不自由な固定がされてしまいます。そこでもう一度、進めるか、もう一度、不自由を願えるか、難しくなってきました。

ただ、だからこそ―
なのだとも思います。